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カリッ
(――――あァ、まただ……)
そこに、異質な音が鳴る。
ガリ……カリ、ッ
硬いものを、引っ掻くような。
ちらりと視線を動かせば、目の端にアッシュグレイが動く。
その華奢な指先は、口元に。
「――――――J……、」
躊躇いがちに声をかければ、ふ、と薄い瞳がこちらを向く。
「何?どうかしたの?ミハエルくん」
にっこりと笑う表情の中に、微かな違和感。
「あ……いえ、その……」
「うん?」
にっこり
花が咲くような、というのも変な例えだが(確かに見目は良いが、彼は間違いなく男なのだ)、そう形容しても可笑しくはない笑顔。
しかし、やはり何かが違う。
再び、躊躇いがちに口を開く。
「もしかして、疲れているんですか?」
「へ?」
彼にしては珍しい、間の抜けた声。
何だか聞いてはいけないことを言ってしまった気がして、慌てて釈明に入る。
「あ!す、すみません……!余計なことを「――――なんで、そう思ったの?」
被せるように問う声には、抑揚が無かった。
ぞわり…
無意識に、肌が粟立つ。
視線なんて、合わせられない。
ごくり、と唾を飲み込んで、貼り付いたような感覚がする喉を動かした。
「つ、……爪、を…………」
「爪?」
鸚鵡返しに口にして、彼は自身の指先をまじまじと見る。
「あの、苛立っている時、とか……よく、噛んでいるようなので…………」
今、計画に然程の支障は出ていない。
その上で彼の癖が出ていることを考えれば、精神か、体力か、どちらかが弱っているくらいしか思い当たらなかった。
「――――ああ、そっか」
呆けたような、声に。
無意識に、逸らしていた視線を彼に向ける。
そっか、癖かぁ……と、妙に子供っぽい仕草で頷く彼。
何だか、先程と打って変わって楽しそうにも見える。
一体、何なんだ?
「うん。疲れてるわけじゃないよ、大丈夫」
「そう……ですか?」
その言葉は、少し信じられない。
Jは、自分の事に関してはかなり無頓着な人だから。
送る視線に紛れた思考に勘付いたのか、その表情に苦笑が混じる。
「そうだね。たぶん、イライラしてたんだ」
「たぶん、って……」
「だって、」
不意に、Jは立ち上がる。
クスクスと笑いながら歩いてくる彼は、どうやら機嫌が良いらしい。
目の前に来て、腰を下ろす。
座る、というよりは、ミハエルに目線を合わせたのだろう。
喉の奥からは、未だ楽しげな吐息が零れている。
「???」
本当に、何をしたいのか。
視線を絡めると、すう、っとグレイの瞳が細められた。
「ミハエルくんが、
「…………は?」
呆けたような声を返したのは、こちらの番。
反射的に固まってしまった身体に、Jがそっと手を伸ばす。
見開いた視界に、彼の顔が大きく映って――――
唇に、乾いた感触。
瞬間的に、思考が停止した。
目に映る少し小さくなったJの唇が、弧を描く。
「ゴチソウサマ」
クスリ、とまた一つ笑い。
立ち上がって、部屋を出て行く。
ようやく言葉を発することが出来たのは、彼が去ってから5分は経った後。
「……………………え?」
ようやく搾り出せた言葉は、それだけ。
のろのろと、自分の唇に指で触れる。
先程、ここに当たったのは――――
「えー…っと」
壊れた人形のように、そう呟くことしか出来ない。
やはり、《神の血》は計り知れないのだ。
どこか逃避気味に、ミハエルはそんなことを思った。