タンッ

彼の全てを奪うそれは、残酷なほどに軽い音を立てて吐き出された。
瞬間、何が起きたのかを理解できなかった。
ショートしたような脳が受け入れたのは、目の前で崩れる身体が共に戦ってきた友人であるということ。
その胸から噴出した、鮮やかなまでの、赤。
そして、ただ一人、離れた場所に座っていたはずの後輩の、絶叫。

「ッ――――――ッッ!!!!!」

自分たちに比べて随分と小柄な身体が、文字通り飛ぶように走って来た。
銃口を突きつけられていることにも気付いていないのか、赤く濡れた身体を腕に擁き、殆ど泣きそうな声で《彼》の名を呼ぶ。
場違いなほどに穏やかな声が、そんな彼を咎めるように制止した。
動かない身体に呼びかけていた声が、ぴたりと止まる。
ゆっくりと上げられたその顔に、涙は無い。
ただ、どこまでも感情の窺えない濁った瞳に、背筋が凍った。

「……てやる…………」

ぽつりと呟かれた言葉は、静かな室内に嫌に響いた。
止めろ。そう声をかける暇すらも無い。
激情のままに動いた彼を、止めることも出来なかった。






.始まりの




関東大会上位校、およびそれに値すると判断された実力校レギュラー陣による、テニス部合同合宿。
それを告げられたのは、一週間前のことだった。

『全国前のこの時期に、何で全国出場校以外が来るんだよ?』

そう言ったのは、誰だったか。
確かに自分も多少疑問に思ったが、練習相手として選ばれたのだろうとさして気にも留めなかった。
ただ、こんなことになるのならば、もっと疑ってかかるべきなのだったと思う。





 ***





トンネルを抜けると、そこは雪国でした。

そんな小説のワンフレーズが頭に浮かんでくるほどに、自分は混乱しているらしい。
辺りを見回せば、自分と同じジャージを着た面々。
それに、見覚えのある青やら緑やら黒いのやら……平たく言えば、過去に対戦したことのある学校のジャージ姿が、累々と床に転がっている。

「…………何コレ?」

思わず間抜けな声を発してしまったのは仕方が無いだろう。
目を覚ましたら、そこは見知らぬ教室だった。
起きている者はいないのかと周囲を見てみれば、窓際でオレンジのジャージを着た癖毛の少年が、呆然と視線を彷徨わせていた。
テニス部に所属している人間なら誰でも知っている。立海大付属だ。
所々で聞こえる呻くような声は、恐らく今目を覚ました人間のものだろう。

「ちょ…ここどこなの!?バネさん!サエさん!起きてよー!!」

混乱のままに、直ぐ傍にいた二人を思い切り揺さぶる。
しばし眉を寄せた後、二人はぼんやりと目を開けた。
「あ?けんたろぉー…?」
「もう…着いたのか?」
寝惚けた声と共に、身を起こす。
「ねえ!ここどこだと思う!?」

「「は?」」

揃って目を丸くした二人は、周囲の様子を見てまた同じように眉を顰める。
「合宿所……には、見えないな」
「かなり古いが、小学校…か?」
訝しげな佐伯の声は、徐々に騒がしくなってきた室内にひっそりと沈む。

「おい。首藤、ダビデ、起きろ!」

「いだっ!」
黒羽によって遠慮も無く蹴り起こされ、ぼんやりと二人が身を起こした。
「っつ〜……」
「…………痛い」
首藤はその場で頭を抱え、天根は恨みがましい視線で見上げてくる。
「バネさん、ひどい」
「うるせえ!こんな時にのんきに寝てるからだ!」
「こんな時?」
眉を顰め、二人はようやく周囲に目を向けた。
「あれ?ここ何処だ?」
「知るかよ。だから困ってるんじゃねえか」
そりゃそうだと肩を竦め、首藤は立ち上がる。
「あれ?樹っちゃんと亮は?」
「向こうでサエが起こしてる」
「ああ、」
なるほど、と頷きかけた時、急に教室のドアが開いた。

「え?」

ゆっくりと、室内からざわめきが消えていく。


「皆、お早う。良く眠れたかな?」


笑顔で入ってきた若い男に、皆の視線が集まった。
見たところ20代半ば。
少し薄めの茶色い髪と瞳を持つ、平凡な男だ。
「うん、まだ起きてない子もいるみたいだね。ちょっと起こしてもらえるかい?」
視線の先にいるのは、確か氷帝学園の……芥川慈朗。
「芥川先輩!起きて下さい!」
小声で彼を起こしているのは、同じく二年の鳳だ。
軽く揺さぶられても、彼は全く起きる様子が無い。

「鳳、ちょっと退け」

「日吉…」
業を煮やしたらしい茶髪の少年が、鳳を押し退けて慈朗の肩に手をかけた。
「芥川先輩、起きて下さい!」
「んあ〜……ひよしぃ…………?」
遠慮もない揺さぶりに、流石の彼も目を覚ます。
「どしたの?もう着いた?」
「いえ…そうじゃないですけど、ちょっとおかしなことになってきたので」
「おかしなことぉ〜…?」
寝惚け顔で、周囲を見る。
その視線が、先程の男のところでぴたりと止まった。
「あれ?おめぇ誰だ?」
「ああ、そう言えば、自己紹介が未だでしたね」
崩れぬ笑顔でもって、彼はぺこりと礼をする。

「初めまして、僕はキミ達の担任になった、山崎亨です」

担任?
どういうこと…?

混乱する一同を他所に、彼はくるりと室内を見回して、


「今日は、皆さんにちょっと殺し合いをしてもらいます」


ただ一言、そう告げた。





 ***





「……言っている意味が、良く判らないんですが」

戸惑いを隠せないように言葉を発したのは、山吹の部長の南だった。
それを皮切りに、周囲のざわめきが大きくなる。
突然の事態に、皆は困惑していた。
ちらりと隣に視線をやれば、珍しく柳も唖然と男を凝視していた。
「ああ、ちょっと言葉が足りなかったかもしれませんね」
やんわりとした態度でもって、彼はチョークを手に取り、草臥れた黒板に大きく文字を書く。


BR


「え?」
呟いたのは、誰だったのか。
にこりと微笑む男の姿が、嫌に現実味を奪っていく。

「キミ達は、本年度のバトルロワイアルに選ばれました」

そう、男が言った瞬間、教室の扉が荒々しく開かれた。
突然のことに呆気に取られる生徒たちを他所に、遠慮もなく十数人の男が室内へと踏み込んでくる。
異様な迷彩服に、同じ柄のヘルメット。その手にあるのは、黒光りする金属筒――――銃だ。

「選ばれたキミ達にまずは一言…おめでとう!優勝者には莫大な報酬と名誉を。敗北者には死を。それがこのゲームの単純なルールです」

静かに告げられる言葉の内容は、あまりに常軌を逸している。
しかし、皆は場の雰囲気に呑まれてか、困惑の視線を男に送っているだけだ。

「……質問が、あるのですが」

宜しいでしょうか?と問うのは、聖ルドルフの観月…といったか。
「どうぞ、観月君」
「失礼ですが、僕たちが選ばれた理由を聞かせていただけませんか?」
ピリピリと、空気が張り詰めていく感覚。
試合以外でこんな空気を吸うのは、初めてだった。
「そうですね……キミは、今年が中学テニス界の黄金世代と呼ばれていることを知っていますか?」
「…………一応は」
僅かに眉を寄せて、観月は答えた。
「立海の幸村君に真田君、青学の手塚君、氷帝の跡部君、不動峰の橘君……全国規模で見ても、特にこの関東圏には強豪選手が揃っていると言えるでしょう……いえ、」
僅かに微笑み、男は皆を見回した。


揃いすぎているのでは ・・・・・・・・・・ ?という意見が出てしまったんです」


「…………な……」

一瞬、男が何を言っているのか理解できなかった。

「元々、関東は学校数が多く、また開催地の東京が含まれることで他地区よりもプラスで全国への切符が渡されましたね?しかし、それはやはり公平ではないと一部から苦情が寄せられまして……」

「ッ……ふざけるなッ!!!」

突如上がった怒声に、男の声がピタリと止む。
室内の視線が、一気に《彼》に集まった。

「…弦一郎、座れ」
柳が、出来うる限り静かな声で怒りに震える真田を諭す。
「今のお前は、冷静さを欠いている。頭を冷やせ」
「俺は落ち着いている!頭を冷やすべきなのは、奴らだ!!」
普段と変わらぬ鋭い視線で、教壇に立つ男を睨みつける。

「……真田君、今ならば見逃してあげましょう。座って、大人しく先生の話を聞きなさい」
「断る。貴様の戯けた言葉になど、従う義理は無い」

いっそ清々しいほどにきっぱりと言い切り、彼はぎろりと相手を見据える。
その姿からは、皇帝の名に相応しい、何者にも屈服せぬという心が見えた。
しかし、この異様な状況において、彼のその強い精神は危険だった。

「真田、座るんだ…!」

流石に、幸村も真田を止めにかかる。
これ以上相手を刺激しては不味い。
相変わらずの笑顔ではあるが、山崎の纏う空気が徐々に冷えてきているのが判った。

「幸村。幾らお前の言葉でも、聞けん」

「…………そうですか、仕方ありませんね」


タンッ


軽い…あまりに軽すぎる音だった。

「君には期待している方もいたのですが……残念ですよ、真田君」

静かな声が、嫌に響いた。
僅かな間を置き、真田の身体が崩れるように倒れていく。

そして舞った、真紅の、――――


「ッ真田副部長ッッ!!!!!」


窓際に座っていた赤也が、弾かれたように駆け寄ってきた。
「貴様、動くなッ!!」
「真田副部長ッ!?副部長ッ!!!」
兵士から向けられた銃にも気付いていないように、赤也は真田の身体にしがみ付く。
その胸から溢れる血がジャージを汚すことも厭わず、彼は縋るように真田の名を呼び続けた。

誰もが、この状況を受け入れることが出来なかった。
先程まで動き、話していた戦友が血まみれで隣に横たわっている。
もう、彼の口が言葉を紡ぐことは、無い。

吐き気が、した。

「っ………………」
無意識に、自身の腕を強く掴む。
そうでもしないと、叫び出してしまいそうだった。

――――――真、田…………ッ!

じりじりと、こめかみを灼くような疼痛が走る。
目の前の男に罵声を浴びせてやりたいところを、奥歯を噛み締めて耐えた。
今あの男に反抗したところで、物言わぬ骸が二つに増えるだけである。
それくらいは、怒りに震える頭でも判断できた。
しかし、次の山崎の台詞に、幸村の思考は凍りつく。

「切原君、《ソレ》を離して、座りなさい。まだ話は終わっていませんよ」


「ソ、レ…………?」


その言葉を最後に、ぴたりと声が止まる。
微かに震えていたのは、哀しみか、それとも――――

ゆっくりと、顔が上がる。
その顔に、涙は無い。
ただ、何処までも感情の窺えない濁った瞳に、背筋が凍った。

「…殺して、やる…………」

小さく呟かれた言葉は、静かな室内にやけに響いた。
ほぼ同時に、赤也は動いていた。
山崎の方へ。

咄嗟に我に返って伸ばした腕が、空を切る。
男の目が見開かれ、次いでゆるりと口の端が持ち上がる。

止めろ!

そう、言葉を発するだけの間も、無かった。







死亡者:真田弦一郎(立海大付属) 残り61名







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