震える身体を、止めることなんて出来なかった。

目の前に広がる光景が、まるで現実味も無く見開いた目から飛び込んでくる。
泣き叫ぶ少年、倒れ逝く人、


そして、床一面に広がる赤、赤、赤 …


あ……
小さく口から出たと思った言葉は、ひゅうっ、と咽を震わせるだけ。
全身を真っ赤に染めて、床に伏す彼を抱き留めた少年だけが、まるで凍りついた時間の中で刻を刻んでいるかのような錯覚。
わんわんと、耳の奥で音叉をかき鳴らされているような感覚がして、思わず耳を塞いだ。
恐ろしく静かな室内に、少年の慟哭だけがやけに響く。

パキン、…

心のどこかで、大切な何かが砕ける音がした―――――






.試合




「1番、葵剣太郎!」

ビクン、と、身体が震えた。
凍り付いていた思考が、ゆるゆると動き出す。

――――1番……?ボクが、呼ばれた………何、するんだっけ…………

混乱していた思考は、咄嗟に判断がつかない。
名前を呼ばれたきり微動だにしない彼に、徐々に室内に不穏な空気がたちこめてくる。
兵士が、苛々と彼に銃を向けようとした、時。

「剣太郎」

小さく名前を呼んだのは、樹。
葵をその銃口から守るように前に出たのは、天根と黒羽。
諭すように小さく肩を叩いたのは、佐伯、木更津、首藤の3人。
「あ………」
まるで示し合わせたかのような彼らの行動に、一瞬兵士たちすらも目を見張った。

「先、行っててくれよ」
小さく、首藤が囁いた。
六角中のレギュラーの中で、最も番号が遅いのは、彼だ。

「……………うん、」

ぎゅっと唇を噛んで、葵は立ち上がる。
その背を、6つの手がそれぞれに叩いた。

思いの他しっかりとした足取りで、葵は出口へと進む。
乱雑に手渡されるデイパックをしっかりと肩に下げ、くるりと振り返った。


「先行って待ってるから、早く来てよ!」


恐怖はあるだろう。
それでも、笑って手を振って見せた《部長》の姿に、六角メンバーも笑って応える。
葵のその行動に、流石に兵士たちが苦い顔をした。
入り口に立つ兵士にさっさと行け!とどやされ、慌てて部屋を出て行く。


――――大丈夫。ボクには、皆がいる!


状況は、何ら改善されていない。
それでも、いつもと変わらぬように自分を励ましてくれた仲間の姿に、葵はしっかりと地を踏んで歩き出した。





 ***





―――っはぁ…

葵が部屋から姿を消し、木更津淳はようやく詰めていた息を吐き出した。
妙に背中が冷たく感じるのは、きっと頬にも流れてきた汗のせいだろう。

――――全く、冷や冷やさせてくれるよ。

僅かに苦笑じみた表情を浮かべ、こっそりと離れた場所にいる兄を盗み見た。
そこに、いつもの如く飄々とした六角中のメンバーを認め、益々苦笑が深くなる。
この異常な状況にあっても、彼らの信頼は揺るがない。
それは誇らしくもあり、同時に、僅かな寂しさも感じる。
あの暖かい輪を抜け出したのは、自分だというのに。

クスリと笑いたくなったところを、咄嗟に堪えた。
ここで笑ったら、周りからは狂人にしか見えないだろう。
別に対して知りもしない連中にそう思われるのは彼の気にするところではないが、流石にチームメイトにまでそんな風に思われてはたまらない。

今度は、斜め前方に座るパートナーを見た。
日に焼けた肌を真っ青にして、ずっと俯いている。
その隣には、後輩たちの姿。
裕太は気丈にも教卓の前に立つ兵士を睨み、金田は顔を伏せたままの柳沢の様子をちらちらと気にしている。

やや離れたところに座っている観月は、眉を寄せて険しい表情をしているものの、見たところ然程の動揺は窺えない。
むしろ、彼の後ろにいる野村の方が傍目で見て分かるくらいに身体を強張らせていた。
その少し前にいる赤澤は、苦虫を噛み潰したような表情を隠そうともせず、忌々しげに前に立つ兵士を睨んでいる。
――…この先輩にしてこの後輩在り、といったところか。

その時、視界の端で兵士がちらりと時計を持ち上げたのが見えた。


「2番、赤澤吉朗!」


鋭く上がった声に、赤澤がゆっくりと立ち上がる。
足元にあったバッグを持ち上げる時に、彼が一瞬観月に目配せをしたのを、淳は見逃さなかった。
観月が小さく頷いたのを確認し、赤澤はこちらを振り返ることなく教室を出て行く。

――――ウチの学校も、まだまだ捨てたもんじゃないね。

今度こそ堪えきれず、淳はクスリと笑みを浮かべた。







死亡者:無し 残り61名







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