――――ずっと、一緒にいられると思ってた。

あの人が卒業しても、高等部の校舎は直ぐ隣にあったし、一年我慢すれば、また同じコートに立つことも出来るし。
ほんのちょっと、《先輩・後輩》っていう括りが無くなるだけ。
オレが高校に上がれば、また勝負をして。
でも、きっとまだまだオレは勝てなくて。

「十年早い」って部長が笑って、
「せめて、今の3割は筋力を増やせ」って柳先輩に呆れられて、
「まだまだじゃの」って仁王先輩が冷やかして、

「たるんどる!」

そう、あの人が怒る。

もっと、もっと、いっぱい喋って、
もっと、もっと、あの人を知って。

そしてその度に、もっと、もっと好きになる。

そんな未来を、疑ったことなんてなかった。
明日も、明後日も、ずっとオレたちは同じようにコートを走ってるんだ、って。


そう、馬鹿みたいに信じてたんだ―――――……






.待




受け取ったデイパックを肩に下げ、とりあえず校舎を出るために歩いていく。
一応頷いていたから、観月は赤澤が彼を待つことを察しただろう。
しかし、あまり判りやすい場所で待っていては危険も大きい。
赤澤にしてみれば、ここに集められたメンバーの殆どは直接の面識が無い。
この《ゲーム》に乗らないという保障が出来ないのだ。

―――――同じ、テニス部のヤツらを疑わなきゃならんとはな……

クソッ、と悪態を吐き、
校舎から一歩出た瞬間、彼はその場に凍りついた。
別に、銃口を突きつけられたとか、殺気立った生徒が待っていたとか、そんなことではない。
むしろ、その逆だ。

「馬鹿かお前!!」

「え?」
きょとん、とした顔でこちらを見てきたのは、赤澤の前に校舎を出た唯一の人物。
六角中の1年部長、葵剣太郎だった。

「何してるんだ、こんなとこで!!」
「え?何って、ダビデは直ぐに出てくるけど、聡さんまでは少なくても1時間は待たなきゃならないだろうから、その間に荷物くらい整理しとこうかなーって」
「そういう問題じゃない!!」
「へ?」

何故怒鳴られているのか、本当に理解できていないらしい。
きりきりと痛んできたこめかみを押さえ、重苦しく息を吐いた。

「―――あのな、もし、俺が《ゲーム》に乗ってたら、お前は今殺されてるんだぞ!」

「っ…………!」

途端、びくりと肩を震わせた葵に、また上がりかけた声を抑える。
「殺さなきゃ生き延びれないなんて宣言されて、…実際に、殺された奴もいる。そんな状況で、これだけの人数が全員『仲間を殺せない』なんて考えるとは限らんだろう」
「………でも、」
「『でも』も何もない。待つのはお前の勝手だが、せめてもう少し人目につかん場所にしたらどうだ?」
言うだけ言って、俯く葵を見下ろした。
別に、信頼している仲間を待っているのを止めはしない。
問題は、その場所。

よりにもよって、校舎を出た直ぐ横の壁に寄りかかっていたのだ、この少年は。

教室での様子からして、彼の学校には余程のお人好しが集まっているのだろう。
だが、それが全ての学校に共通しているとは限らない。
文字通り、『殺られる前に殺れ』などと考え出す者もいるかもしれないのだ。
言い返せずに、葵は唇を噛む。

葵も、そして赤澤も相当動揺していたのだろう。
その場に現れたもう一つの人影に、二人は気付かなかった。


「――――何してんだ、お前ぇら」


のんびりとした―――と、いうよりも、むしろ寝起きのように覇気の無い声がかけられる。
咄嗟に振り返れば、そこに立っていたのは、見覚えのある少年。

「氷帝の…芥川、か……」
「うん。」

ぼんやりと頷く慈朗の声に被り、深い深い赤澤の溜め息が零れた。





 ***





兵士から受け取ったバッグを下げ、跡部は黙々と廊下を進んでいた。
彼にしては珍しいその本気で苛立った様子は、この場に氷帝のメンバーがいれば即刻回れ右をしているであろうと思わせるほど。
こんな下らない《ゲーム》に巻き込まれたことに、跡部は相当気分を損ねていた。
その思考が、即刻『下らねぇゲームなんざぶっ潰してやる』という方向に向かう程度には。

苛立ちの混じった足音を隠そうともせず、校舎を出る。
そして、思わず、といった様子で足を止めた。

「―――何やってんだ、てめぇら」

ルドルフの赤澤に口を押さえられながら、にこにこと手を振る慈朗。
その後ろでは、かちんこちんに固まった六角中の葵の姿。
跡部がそう呟いてしまったのも、仕方が無いだろう。

ずかずかと近寄っていくと、ようやく赤澤に解放された慈朗が口を開いた。
「俺が跡部呼ぼうとしたら、なんか止められた」
「当たり前だ!さっきの亜久津ってのががどんな奴なのかもわからないんだぞ!」
声を落とし、それでも怒鳴りつけるような赤澤の言葉で、凡その事情は分かった。
跡部を見かけた慈朗が大声で彼を呼ぼうとしたのを察して、赤澤が強制的に抑えにかかった、というところだろう。

阿呆か、こいつら。

口にするのも馬鹿馬鹿しく、溜め息を一つ。
「おい、行くぞ、ジロー」
「えー…」
何で?と首を傾げてくる。
「日吉が出てくるまで、どれだけあると思ってる。お前、どうせ待ってる間に寝るだろう」
「え!何でオレが日吉待ってるってわかったの!?」

わからいでか。

すっげー!とはしゃぐ慈朗を相手に律儀に突っ込む気にもなれず、跡部はフンと鼻を鳴らす。
「まあ、いい。ともかく行くぞ」
「おう!」
ぴょん、と勢いをつけて立ち上がり、慈朗は荷物を持ち上げた。

「じゃー、またな!」

笑顔で手を振る慈朗につられ、残された二人も無意識に手を振った。
我に返ったのは、二人の姿がすっかり見えなくなってから。

「………何か、すっかりないがしろにされてましたね…ボクたち」
「まあ…跡部だしな………」

顔を見合わせ、二人は同時に溜め息を吐いた。







死亡者:無し 残り61名







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