「何、考えてるの?」
くちゅ…
「ぅあ…っ!」
下肢に奔った刺激に、ぼやけていた意識が引き戻される。
「ねぇ、ひよ……何、考えてたの?」
耳元で囁く、どこまでも甘い声。
その中に潜む狂気に、一体どれほどの人間が気付けただろう。
「そ、んな…余裕……あるわけ、ない、でしょう…」
「うそつき」
クスクスと笑うその表情は、何も変わっていない、のに。
「うそつきには、お仕置きだよ」
ぐちゅっ
「っぁあああああああっっ!!」
嗄れた咽を裂いて、悲鳴に近い絶叫。
咽の奥で鉄の味がするのは、きっと気のせいじゃない。
「――――かわいい」
クスクス…
誰が見ても《天使のような》と形容する笑顔を浮かべ、日吉の頬にキスを落とす。
―――この部屋に連れて来られてから、一体何日が過ぎたのだろう?
あの日、いつもと変わらない一日が始まるはずだった。
いつも通りの時間に目を覚まし、いつものように朝の鍛錬をした。
家族と食卓について朝食を摂り、時間通りに――――いや、むしろ少し早めなくらいに、家を出た。
そう、たった一つ違ったことは、その後だ。
その日、日吉の通学路の途中に、慈朗が立っていた。
こんなに早朝に彼が登校していることなど、初めてのこと。
驚く日吉に、彼は言った。
『ひよを、待ってたんだ』
笑う彼に手を引かれて、この空き家に連れて来られたのだ。
見せたいものがある。そう、言われた。
彼の突拍子も無い行動には、慣れていたつもりだ。
当然のように、疑いなど、持たなかった。
そして――――彼は、この地下室に閉じ込められた。
窓も、換気口すらないこの部屋では、時間の感覚が麻痺してくる。
出口は、一つだけだ。
いつも、慈朗が入ってくる、あの扉だけ。
ぐちゅ…くちゅ……
「っ、も、やめ………!」
「ん?」
ぐちゅり、
「ひぁっ………」
「聞こえないよ、ひよ」
クスクスクス…
片手で日吉を蹂躙しながら、空いた右手で彼の肌に張り付く髪をそっと払う。
その優しい仕草が、余計に日吉を混乱させた。
「や、め……芥川、せんぱ………!」
ぎり…
「いっ………!!!」
「―――違うでしょ?」
冷えた声。
鋭いその声音とは裏腹に、その手は緩やかに日吉の肌を這う。
「ねぇ、ひよ……?」
耳元に吹き込まれる、柔らかな吐息。
促されるままに、声を絞り出す。
「ジロー、さ……ん…っ」
「よくできました」
にこりと笑って、再びその手は妖しく動き出す。
「んっ………」
「血、出てる」
先程そこに爪を立てたのは自分だというのに。
その表情は、本当に心配をしている時のそれで。
「ごめんね、痛かったでしょ?」
ちりちりと痛むそこに触れられると、痛みと共にぞわりとした感覚が背を走った。
撫でるように触れてくる指が、酷くもどかしい。
「おわびに、ヨくしてあげる」
「え………?ひぁっ!」
唐突に口に含まれ、裏返った声が零れる。
「っや………!ジローさ、」
「―――気持ちい?」
「っ、喋ら、な………あぁっ!!」
一際高く、日吉が啼いた。
その背がしなり、無意識に逃げようとするのを更にきつく抱き締める。
どくん、と、咥えていたモノが脈打ち、弾けた。
「っは、…はぁっ……はっ…」
ぐったりと力の抜けた身体は、どうやら相当に体力を消耗したらしい。
慈朗に凭れ掛かるような体勢で、肩で息を吐いている。
こくん…
口の中に吐き出された欲を、慈朗は躊躇いもなく飲み込んだ。
咽の鳴る音に、日吉の顔にうっすらと紅が差す。
「っ、それ……止めて、下さい…」
「え?何を?」
「その………………………いえ、何でも…ない、です…」
きょとん、とした声に、更に脱力する。
「変なの、ひよ」
クスリと笑い、ぎゅうっと日吉の身体を抱いた。
「――――大好きだよ、ひよ」
――――――知ってますよ、そんなこと。
返事がないことなど気にも留めず、慈朗は続ける。
「ずっと、ずっと、ここにいてね?」
――――――あなたが、望む限り。
縋るように抱きしめてくる腕に、ぎゅっと力が入る。
日吉より一回りは小さな身体で、精一杯、彼を腕の中に押し込めようと。
―――微かに震える身体には、とうに気付いていた。
「どこにも、行かないで…!」
溜め息に近い吐息が、無意識に零れた。
自然と、その顔に浮かんだのは――――微笑。
――――――行きませんよ、どこにも。
声に出さず、そう思う。
言葉にしないのは、勿論わざと。
彼の不安を掻き立てるため。
彼を――――繋ぎ止めておくため。
そう、捕らわれたのは日吉ではない。慈朗の方だ。
決定的な言葉を与えずに、彼の不安を煽った。
いつだって、彼を許して、甘やかして。
こちらの意図は一切見せず、ゆっくりと、真綿で首を絞めるように彼を追い詰めた。
言葉を欲しがっている彼に、気付かないふりをして――――
そうして、密やかに、《彼》は壊れていった。
「ひよ、ひよ…!!」
必死に縋り付いてくる慈朗の髪をそっと撫で、日吉は微かに笑う。
それは、狂気に歪んだ、微笑だった。