全てを失ったあの日、やっぱり、空はどこまでも輝いてた。
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〜2.Ange〜
もがれた片翼。
歪な羽根は春の風に舞い、
追いかける俺を悪戯に弄ぶ。
望んだのはたった一つ。
君と同じ空で、
あの切り取られた大地から飛び立つため。
忘れないよ、君の全て。
俺を呼ぶ声、
ただ一つの言葉。
「 」
奪われたモノにしがみついて、
我武者羅に前へ進み続ける。
愛なんて綺麗なものじゃない。
溢れる思いをカタチにして、
ただ、失われた光を探す。
失ったモノをもう一度、
この腕に抱くために俺は唄う。
愛なんて綺麗なものじゃない。
零れる思いをコトバにして。
ただ、懐かしい光を見つけるために …
***
「よお、アンジェ!」
「…………ッス」
いいかげんに聞き慣れた名を呼ばれ、通り際に軽く挨拶を返す。
《アンジェ》
それが今の俺のナマエ。
名付けてくれたのは、事務所の社長。
衝動のままにあの町を飛び出した俺を拾ってくれた、文字通りの恩人。
俺に、この世界と歌を教えてくれた人でもある。
今日の予定は、全部終わった。
後は、社長に報告をするだけだ。
コンコンッ
重厚そうな扉は、意外と軽い音を立てる。
取引相手に舐められないように、なんて言っても、ノックすれば中がスカスカなことなんてすぐにばれると思うんだけど……
前にそう言ったら、殴られたのだが。
中から、ガサガサと紙を動かす音が響く。
しばしの間を開け、返事が返って来た。
「お〜、アンジェか?入れ」
言われるまでもなく、もう入っている。
「よう、どうだ?調子は」
「ボチボチっス」
「オイオイ、ウチの稼ぎ頭のお前がボチボチでどーすんだ!」
屈託なく笑う表情は、懐かしい面影を浮き上がらせる。
何とも言えず、苦笑だけを返した。
「
CD
うた
の売れ行きは好調らしいぜ?」
「そっスか…」
「何だ、興味ねぇって面だな」
「好調、こうちょう……校長先生」
びすっ
明るい色の髪に、綺麗にチョップが決まった。
「オレの話も聞かずに呑気に駄洒落考えてるたぁ……いい度胸じゃねぇか、あぁ?」
「……すんません」
見れば、こめかみに筋が浮いている。
これ以上怒らせてはまずいと、彼は素直に頭を下げた。
「ま、いいわ。これ、明日の予定な。雑誌の撮影は次の予定が詰まってるらしいから、ヘマすんなよ」
「ッス」
ペラペラの紙を受け取り、ざっと目を通す。
件の撮影は、午後一番の仕事。その後は、特に予定は無いようだ。
「よっしゃ、お疲れさん。今日は帰っていいぜ」
***
天根が生まれ育った町を離れたのは、黒羽たちの卒業を控えた冬の終わりだった。
何も考えられず、気付けば着の身着のまま東京行きの電車に飛び乗っていた。
家族にも、生まれたときから傍にいた幼馴染たちにすら、何も告げずに。
ただ、苦しかった。
あの町に――――彼の傍にいることが、息苦しくて。
報われない思いを抱いたまま、彼の隣に立つことが辛すぎて。
逃げたのだ。
彼の元から。
そして、自分の気持ちから。
その日はたまたま携帯を家に忘れた日で。
運が良かった、と言えるのだろう。
あの時、彼に「戻って来い」と言われていたら…………
きっと、この気持ちを押し潰してでも彼の傍に帰っていただろう。
あの頃の天根は、絶対に、彼に逆らえなかった。
東京に着いたのは殆ど深夜だった。
列車を降りて、途方に暮れた。
背中には、テニス道具一式。
ポケットには、なけなしの小遣いが入った財布。
荷物と言えるものは、それだけ。
することも無くて、駅前の花壇に座ってぼんやりと星を眺めた。
(これから、どうしよう……)
あの町に帰るつもりは、無かった。
しかし、高校生が一人で生きていけるほど、世間は甘くない。
けど、帰りたくない。帰れない。
悶々と思考を巡らせる。
例えば、佐伯や木更津ならばぱっといい案が浮かぶのかもしれない。
が、如何せん彼はこういったアクシデントに思考が鈍るタイプである。
非常に、困った。
結局、そのまま木に寄りかかってまた空を眺める。
やりたいことなら、ある。
しかし、それをしていたら、いずれまたあの人に行き着いてしまう。
折角逃げたのに、それでは本末転倒だ。
「――――何してるんだい?こんな時間に」
《あの人》に声をかけられたのは、そんな時だった。
今でも、分からない。何故、あの時声を返したのか。
「…………何も」
「何も?やることがないのに、こんな寒いところに好き好んで座ってるって?」
呆れたような声に、ややムッとした調子で応えた。
「好きで座ってるわけじゃない。行くとこが無いだけ」
「家出?」
即答され、言葉に詰まる。
「あ、当たった?」
「……アンタには、関係無い」
棘を隠さぬ口調も、目の前の男は全く気にする様子が無い。
「良い年した大人が、家出なんて情けなくない?」
「17歳。まだ子供」
クスクスと笑われ、咄嗟にそう言っていた。
この言葉に、男は初めて驚きを見せる。
「ウソ……高校生?」
「今年3年」
付け加えてやると、男は益々目を見張った。
「うっわぁ……人の年齢当てるのには自信あったんだけど」
何やら落ち込みだした男を、天根は改めて見た。
短く切りそろえた茶髪に、焦げ茶色の瞳。
真っ白なシャツの上から羽織っているのは、厚手のジャケット。
スラリとした足を覆う黒のパンツのポケットに、無造作に携帯が突っ込んである。
顔立ちは、整っている方だと思う…………佐伯程とまでは言わないが。
「アンタ、何者?」
「オレか?オレは、今をときめくaileプロダクションの社長様だ」
「aile…プロダクション?」
にやりと、男が笑う。
「そ。お前、芸能人やってみる気、ねぇか?」
「………………は?」
それが、始まり――――
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ダビデの家出と近況。
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