ずっと、隣にいるんだと思ってた。

昔から、アイツは俺の後ろをひよこのようにちょこまかとついて来て、小学校、中学……高校に上がった当時も、それは変わらなかった。
無表情なくせに、何故か俺にはアイツが何を考えてるのかが手に取るようにわかって。
つまんねー駄洒落を言うたびに蹴り飛ばしても、何でかやけに楽しそうだったのも覚えてる。(マゾか、あいつは!)

俺たちは、ずっと一緒なんだと思ってた。

離れることなんて、考えてもいなかった。



――――あいつがいなくなったあの日、俺の中で、何かが音を立てて崩れていった。












Wondered  Days  〜1.あの日〜






ふあ…

遠慮の無い欠伸を一つすると同時に、頭に走った鈍痛に顔を顰める。
二日酔いでズキズキと痛む頭を押さえ、黒羽は溜め息を吐いた。
時計を確認すれば、もう正午に近い。
午後には、確かスポーツ雑誌の撮影があった。
身体はまだ睡眠を欲しているが、二度寝するわけにもいくまい。

昨日、全日本の決勝の会場で、久しぶりに佐伯と会った。

久しぶりだな、元気だったか?とお決まりのやりとりをした後、飲みにでも行こうという話になったのは、この年になれば当然の成り行き。
ここ最近は、全日本のトーナメントがあったせいで互いに練習に追われて連絡が取れなかったから、久々の再会に多少浮かれていたことは事実だ。
しかし、それでも少々飲みすぎたかもしれない。

「痛ぅ〜……やっぱ、最後のロックは止めとくべきだったな…」

佐伯は、今回予選敗退、黒羽は2回戦敗退という結果だった。
佐伯に関しては、運が悪かったとしか言いようがない。
予選の決勝――彼の相手は、よりにもよってあの立海の元部長、幸村だったらしい。
「他人を寄せ付けない強さっていうのは、ああいうのを言うんだな」などと言って苦笑していたが、それでもやはり予選落ちはかなり堪えたのだろう。
言葉の端には、苦いものが浮かんでいた。

早々に負けてしまった彼は、しばらく実家の方に戻っていたらしい。
そこで樹や首藤とも会ってきたと言い、彼らの近況の話で盛り上がった。



大学を出た後、樹は父親の店の手伝いを始めた。
行く行くは店を継いでいくのだという彼は、今では父親の代わりに厨房に入ることを許されているそうだ。
首藤は、高校卒業の後、地元の企業に入社した。
大学から推薦の話もあったようだが、彼は無駄に金がかかるだけだ、とその話を蹴った。
平のサラリーマンだが、それなりに充実した毎日を過ごしているという。

「あ、剣太郎にも会ったよ」
「マジか!?あいつ、卒論に追われてるって言ってなかったか?」
「何か、煮詰まってたみたいだからね。気晴らしにコートに誘ったんだよ」

葵は、ストレートで地元の大学に入学した。
テニスでの推薦という枠もあったのだが、彼はそれを断り、わざわざ一般の入試を受けていた。
何でも、推薦で入ってしまったら勉強の方の危機感が無くなってしまうんじゃないかという妙な心配をしていたらしい。
「相変わらずだなー、あいつも」
「まあ、剣太郎は追い詰められた方が燃えるタイプだからね。これから追い込みをかける、って言ってたよ」

佐伯は、都内の大学に進学した。
テニスの推薦であっさりと志望校を決めた彼は、早々に大学のテニス部に入り頭角を現していた。
同じ大学には青学の不二や氷帝の忍足もいて、腕を磨くには絶好の環境だったらしい。
木更津…亮の方も都内の大学へと進学したが、彼はテニス部には入らなかった。
たまに聖ルドルフへ行って弟と打ち合っていたらしいが、本人に言わせてみれば「テニスで食っていく気は無い」そうだ。
大学を出た後は、そのまま都内に就職を決めていた。

「大丈夫かぁ?卒論は量が半端ねぇぞ」
「んー…実を言うと、殆ど内容は出来上がってるみたいなんだ。ただ、まとめるのに苦労してる、って」
「…………そういえば、あいつ夏休みはいつも読書感想文最後まで残してたな」
「そう。変わらないよね、本っ当」
互いに苦笑を浮かべ、思い返すのは、あの懐かしい時代。


――――天根がまだこの町にいた、あの頃。


六角中のテニス部の主だったメンバーは、揃って地元の高校に入学した。
初めに、黒羽たちが。
一年遅れで天根、もう一年遅れて、葵も。
高校に上がってからも、彼らは中学時代と変わらない日々を送っていた。
毎日のようにテニスをして、下らないことで喧嘩もして……それでも、毎日が楽しくて仕方がなかった。

一体、何が悪かったのだろう?
黒羽たちの卒業を数ヵ月後に控えた、あの日。
天根は、突然その姿を消した。

あの日のことは、今でもよく覚えている。
夕食を終え、風呂にでも入ろうとしていた時間帯、黒羽の家の電話が甲高い音を立てて鳴った。
多少の用事でかけてくるには、少々考えてしまう時刻。
誰だろうと首を傾げ、電話に出た黒羽の耳に飛び込んできたのは、切羽詰った天根の姉の声。

『ヒカルが、まだ家に帰ってこないのッ!!!』

ぞわりと、背中に嫌な震えが走った。
いつもはマイペースな彼女の声が、微かに震えていた。

『お願いハルくん!何か心当たりがあったら、教えて!!』

正直、その後は何と答えたのか記憶が曖昧になっている。
ただ、「俺も探します」と言って電話を切ったことだけは、確かだ。
その後は、テニス部総出で天根の捜索に走った。
高校のテニスコート、オジイの家、あいつがよく行っていた浜辺…………
どこにも、あの明るい髪は見当たらない。

携帯は、朝から彼の部屋に置きっぱなしになっているはずだった。
昼間、鞄を覗き込みながら「あ、ケータイ忘れた……携帯電話、不携帯」などと言った天根に一発食らわせてやったことは、はっきり覚えている。
真夜中過ぎまで走り回ったが、天根は見つからない。
2時を過ぎた辺りで、天根の父親から連絡が入った。

『ヒカルを探してくれるのは、嬉しい。だが、君たちは未成年だ。こんなに遅くまで息子のために外出させるわけには行かない。後は私が探すから、君たちは帰りなさい』

それでも、黒羽たちは食い下がった。
早く天根を見つけて、こんな時間までどこに行ってた!と殴ってやるまでは、家に帰らない、と。
だが、「君たちが補導されては、テニス部の大会出場に響く」という一言で、殆どの者は渋々ながら家に戻った。
しかし、黒羽は断固として帰らなかった。佐伯や樹も、同じだ。
天根の父親が言っていた言葉が、嫌に耳に残っていた。

『朝になっても見つからないようなら――――警察に、捜索願を出す』

いつもは温和な彼が、酷く硬い声でそう言っていた。
彼は、何となく察していたのだろう。
天根が、見つかることはないと。

予感は、見事に的中する。



その日以来、天根ヒカルが彼らの前に姿を見せることはなかった。






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恐ろしいことに、続きます。







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